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April 26, 2005

宵越しの金はもたねぇ

 今日(って昨日か)家はあるけどホームレスみたいに生きている友人A2にあってきた。今日こそ働いて貰うべく、金銭を渡してそんな関係になるのは嫌だったので、風呂行けと千円だけしか渡さず、持っていた切手とか常備薬を渡してきた。こんなことならもっと持って行っていたらよかったなぁ。一緒に住んでいる男が、働いていたらゲームが出来ないと仕事に行かなくなったので、彼女のひもみたいになり、それに嫌気のさした彼女が、同じように働かなくなったということだ。かれこれ10年そんな生き方をしている。毎年、私への電話には今年こそ別れて働くと言い続けてきた。もう、信じるすべも持っていないが、もう10年やでまた10年するんかと話してきた。水道も電気もガスも止められ、電気が無くても遊べるゲームを手に入れているので、ろうそくの光でやっているらしい。本当に失踪日記みたいなことをやっている。プロポーションやおしゃれを気にしていた女が男によってここまで変わるのだ。一度出ていけって追い出したら、寂しくて毎日泣き明かしたそうだ。二人だけの世界になってしまっているのだ。で、ホームレスの人達と自然と出会うらしく、彼らのことをほーと呼ぶことを教えて貰った。彼氏がコンビニの賞味期限弁当をあさってごはんを用意してくれているらしいのだが、あさり方が酷いと他のほーの人達に注意を受けているらしい。
 一緒に行ったMも昨年仕事を突然解雇されてから、貧困の世界にいるのだが、宵越しの金を持たないMは、無職で働かなくても遊んでいるように見える私が、ちょっとかんに障る存在なのかもしれない。無職になるから貯めた貯金があることをえらいなぁと言いながらもちょっと否定的だ。別に金を持っているとかひけらかしているわけではなくて、働いてないのをどうしてるのと聞いてくるから、辞める1年前から1年は仕事見つからないだろうと、100万貯めて+雇用保険3ヶ月で乗り切ろうと思ったと話をするのだが、私の周りには友人A以外宵越しの金はもたねぇやつばかりなので、なんか否定的なんだ。

 先日友人AとMとでご飯食べたときに、Aは私が20代後半に言った一言をずっと気にしているって言うから、なんやねんと聞くと、定年後55歳から厚生年金が下りる65歳までの10年間を安く見積もって年200万で生きていくとして2000万は55歳までにいるわなぁと言ったことだそうだ。私の予定では、40歳を超える頃には1000万は用意出来るが、残りは死んでるかもしれないから、使わないお金を貯めても仕方がないしとその時に考える予定だった。今は無職の予定のお金が終わったので、貯金を食いつぶしている状態。でも、もっと貯金あってたくさん貯めている人は多いよね。Aはその2000万をしっかり刻んでいたようだ。年200万で生活しようと思ったら、月16万しかない。で、元気ならパートで10万は稼いで、残れば年金もそんなにお金がないだろうから、貯蓄にまわせばいいじゃんと思うのだが。元気ならきっと70歳ぐらいまでは海外旅行に行ったりしたいし、ごはんも美味しいところに食べに行きたいもんなぁ。で、65歳から貰えるかどうか分からない年金は、この先私が就職が出来るかどうかにも関係するが、大して貰えないよなぁ。前に55歳まで厚生年金を払い込めるとして計算したら、9万円から12万円ぐらいしか手元に入らない。今生まれた子達が20年30年40年して私の年金を担ってくれる。でも、少子化だし、私も子ども産むこともないし、人口比としては、団塊の世代も70代80代で健在だから、予想より減る方の可能性が高いだろう。で、取りあえず、10年の年金型の保険に入ったのだが、もっといい方法があるのだろうか。はっきり言って私はそんな長生きするようなタイプではない。金なんて貯めずに好きなことに使えばいいじゃんって思う。でも、今日も友人達が生活保護を意識していたのだが、そんな頃になると生活保護まみれになっているから、簡単に生活保護なんて貰えないし、出来れば私はそんなの受けたくない。だから、こだわっているんだ。

 前に、麻雀のメンバーの将来設計の話になったときに、親のお金まで予算組みされていたのには驚いた。親のお金は自分のお金になる。普通のことなんだろう。でも、なんか腹立つので親世代には、絶対に自分たちの好きなように残らず使ってから死んで欲しいと思う。確かに好景気を生き抜いているのだから、利回りは私たちの時代よりは恩恵を受けているだろうが、なんか金があるやつが、無いものの面倒を見るという南アジアのような考え方なので、嫌だ。私はこんなことを表明している以上、親の金は自分で使って欲しい。ガキの頃、喧嘩したときに家を出て行くから、父の遺産の半分は権利あるからくれと言ったら、おばばさまが私がひとり苦労してきたからみんな私のものだとのたまわった。法律上では半分権利があるのだが、まぁおばばさまにはかなわない。
 私がこんな性格になったのは、唯一のおばばさまのおかげかもしれない。欲しいものは自分で買えと徹底された。まぁ金がないし、おばばさまの愛情も他の母親とは違っていたからだろうが、お年玉を貯めて、自分の欲しいものを買っていく癖がついた。学習机もギターもテレビもお年玉を貯めて買ったのだ。ちょっとでも買って貰っていたら、ここにはかけないだろうけれど、本当に買って貰っていない。だから、親が子に甘いのや子が親をあてにするは腹が立つのだ。と言っても、おばばさまから服を買って貰ったり愛情をかけて貰っているのだからね、そんなこと言えたぎりではないのだ(笑)。

 あしたぽっくり逝っているかもしれないのに、とらたぬでなにを言ってるんでしょう(笑)。

 ところで、友人Mからクイズを出されました。お暇な人試してみて下さい。

2人乗りのボートで川の向こう岸に行きたい人達がいます。
夫 妻 男 男 女 女 メイド 犬です。夫は妻がいないとどちらかの女と浮気をします。妻も夫がいないとどちらかの男と浮気をします。メイドがいなければ犬は誰かに噛みつきます。ボートを運転出来るのは、夫と妻とメイドの3名だけです。見事全員川の向こう岸に渡らせることが出来ますか?紙に夫 妻 って書いて動かした方が分かりやすいですよ。

************ 追加 4/26 am7:50 ************

 朝これを読んで、自己分析してみた。
 本来なら貯金をしている方がいいに決まっているのに、私は宵越しのお金も持っていないやつが羨ましいようだ。金を貯めているやつは普通の人間だ。金のないやつは、色んな人生に転じていく。私は何でもOKのいいかげんで面白みのない女なので、面白い奴らが羨ましいのだ。別に自分のやりたいことがなくて金が無くてもいいんだ。金に捕らわれない人生をおくってるというのが羨ましいらしい。
 親が子どもを猫かわいがりするのが嫌なのは、そんな経験がないからだ。子どもの頃、近所の生意気盛りの年下の女の子をおばばさまが可愛がるのを見て、おばばさまは実の子よりこの子の方が好きなのかもなって思ったこともあった。ガキの時から全否定され続けてきたからそうなっても仕方がないと思うのだが、そのために親の愛情が子ども全員に平等ではないという話に敏感になる。もし、一人っ子でなければ、愛情は全く貰えなかったかもしれない。それに、おばばさまは精神的に弱い人なので、自己都合でいつも生きている。人がどう思うかという余裕がないのだ。私の無職だって、おばばさまは将来の自分の生活を考えたらつらいと泣きわめき、本人よりも私の方がつらいと言う人なのだ。私は羨ましい。2人いればどちらかが受けの役割を担う。子どもの頃から、自分のことだけが大きくのしかかっているおばばさまには私という受けが必要だった。そっちの人の方が面白い生き方をしているように思う。家で訓練されているのだから、つきあう男もわがままで自分本位の人間になってしまう。優しいやつなんて虫が好かんって所もある。きっとその先はDVみたいなものなんだろうけれど、暴力的な人はいなかったし、それはおやじさんで堪えているから、そんなのは相手出来ないだろう。でも、愛情に飢えた状態にはかわりはないってことだ。自分がって生きるやつが羨ましいと思うのだから、変な話だ。でも、私は誰かの自分がって人間でもあるのだろう。
 親の金云々も、そのおかげで個人主義になっているからだろうと思う。もっと、フランス人になれ(笑)。おばばさまと私は共同生活をしているので、今無職でも就職していたときと同じ金額を家のお金で使っている。わたしゃニートではないよ。上記のA2やMも親の金はあてにしていない。まっ当たり前だけれど。だから、貧困なんだ。それで面白い人生をおくっているから羨ましいんだ。

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