« 奇跡 | Main | 源平合戦の道を歩く⑤~兵庫区歴史花回道 »

June 20, 2005

動・響・光

 終わった途端、拍手が起こった。神戸出身の監督さんでもあるので、ご本人も来られていたかもしれない。アメリカで映画の勉強をして、伊丹さんの作品で助監督をした経験がある方で、芸術性の高い作品を作られている監督さんだ。
 うーん、このblogにも上映後にこのタイトルの検索が来られているので、書きにくいが、私にとってはかなり疲れた作品だった。座っている椅子も映画用ではないので疲れやすいのだが、何というか、監督の表したいことを見せつけられているだけで、対観客がなかったような気がする。元々、商業ベースの映画はあまり見ない方だから、こういった作品は好きで見に行く方なのだが、今回はずっと言いたいことを聞いているだけって感じで疲れてしまった。
 この作品は、神社の鳥居を模した前で、シャーマンらしき人物が創作舞踏踊る。その合間に何を無くしたか分からないが、無くしたものを探しに出かけた女性の話と、神戸の震災を語る映画女優の中村優子さん、それらが混ざって映画が進行していく。中村さんの長田区の震災話は情景が思い出せて、彼女の言いたいこともよく分かる。マスコミ批判で終わったが、監督はそれを伝えたかったのだろうか。捜しに出かけた女性の泊まった宿の主人が不思議な話を彼女に聞かせる。昔自分が大陸に行っていたこと、犬だったこと、左手が無かったこと、その説明に出てくる情景が美しく、彼女が想像しながら聞くように、同じ廃墟や水たまりに映った光を眺めていた。シャーマンの踊りはよく分からなかった。舞踏は私には難しいのかもしれない。麿赤児さんだっけ、彼の公演を見に行ったことしかない。舞踏は難しい。でも、ギリヤークさんとか土方さんとかの映像でもあれば見てみたい気もする。シャーマンの踊りが肉体表現でもなく、神社の奉納の踊りでもないから私を惹きつけなかったのかなぁ。
 最後の方になると、飽きてきたのだ。こんなこと何時間でも見ることが可能な私にしては珍しいのだ。で、ラストの情緒豊かな表現も私の時間とは合わず長すぎたのだ。
 映画は人によって取り方が違うから仕方がないのだが、どうやら私との時間が違うのだろうと思った。また、私のような観客に対しては相手してくれなかったのだろうと思う。別に自己まんでしたいことをしてもいいと思う。わたしのこのblogなんてそれの代表選手だろう。でも、疲れたよ。

|

« 奇跡 | Main | 源平合戦の道を歩く⑤~兵庫区歴史花回道 »

「映画」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43685/4630619

Listed below are links to weblogs that reference 動・響・光:

« 奇跡 | Main | 源平合戦の道を歩く⑤~兵庫区歴史花回道 »