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April 21, 2007

サン・ジャックへの道

あなたは死へ向かっている。私は生きたいのよ。

 この映画は、ロードムービーである。日本人には馴染みがない聖ヤコブの墓があるサンティアゴに向かって、フランスから旅する話だ。聖ヤコブのスペイン語読みがサンティアゴ、フランス読みでサンジャック、英語読みでジェイムズになる。
 どうしてこう言うところからこだわるのかが逆に面白いのだが、郵便物が郵便局から話の中心になる兄妹の家庭に届けられる。物語の始まりは、3人の兄妹の母親が死亡し、彼らがその遺産を手にするのは、兄妹3人でサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を歩くことだった。兄は、妹曰く出世フリークな社長で、アル中の妻を心配し、自分の会社を心配し、妹は夫が無職になり、高校の高校教師をしながら生活を支えている。そして、末の弟は、上の二人の兄妹喧嘩でこうなったのか分からないけれど、生まれてからこの方、人の金をあてにして、自分の娘にまで金を無心するような男。こんな3人が参加することになり、サン・ジャックへの道を引率者に連れられて、その他の色んな思いを抱えた人達と約1ヶ月以上かけてスペインに向かう。
 俗世を切り離せない最初の頃のシーンでは、携帯を持って、置いてきたものや人達の心配で右往左往している姿が、まるで動物園の動物のように意図して演出していて面白かった。狂言回しが多く存在して、過去を語らないのに一人一人が深く描かれている。動物のように自分の本能だけで動いていた人達は、やがて自分を振り返り、まわりと共にまた一段上がったステージで画面に登場し、彼らが仲良くなって団結力が付く頃には、私も一緒になって楽しくなってきた。ロードムービーでもかなり私好みの面白いエッセンスが満載で、楽しめる映画だったのだ。
 最初の言葉は、病気のために髪を剃った女性とアル中の弟がいい仲になったのだけれど、彼女は自分の中で整理したときに彼に放った言葉である。何でもない一言だけれど、このセリフを聞いて、あぁ人生二元論かもしれないなぁと感じた。色んな事が、生と死に分けられるのではないだろうか。彼のように、アル中で、折角の巡礼の旅も、酒場を見つけては店に入り、酒をかっくらって正体不明になる。彼は、この先下り調子で最後が見えてくる。彼女は、病気を克服するために、巡礼の旅に出ている。あきらかに生と死がどちらに存在するか分かる。例えば、
 停滞すること - 死
 動き出すこと - 生
 顔を上げること - 生
 うつむくこと   - 死
 過去を振り返ること - 死
 未来を夢見ること  - 生
 このセリフを聞いて、自分は死に向かっているので、”生”にならなければと思い出したことで、生になっていると思った。こんなん単純な自己回答に、大きく感じ入ってしまった。
 上記にも書いたのだが、面白いと思う場面が多々あった。数多く出てくる意味があるのか無いのか分からない夢のシーンも映像的に面白かったのだけれど、長男の変わりよう、ホテルに行こう!って所はめちゃくちゃ好きな場面だし、妹が少年を家に連れて行ったりする話も、ホテルで妹が指を指して、兄を部屋に迎かい入れるシーンも、ラストのおちも好きだ。きっと、私はこの監督さん好きだ(笑)
 

サン・ジャックへの道の公式サイト
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路

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