« Sweet Rain 死神の精度の舞台 | Main | ふぅ疲れた »

March 30, 2008

ノーカントリー -殺害シーンはめちゃ恐ろしいけれど、だんだん怖くなくなるので、そういうのが苦手な人も大丈夫

 映画観てすぐに思ったことが、トミー・リー・ジョーンズはクリント・イーストウッドの役割になったんだなぁと言うことでした。私はクリント・イーストウッドは苦手でダーティ・ハリーも1作目しか観たことがないから、監督作品も素晴らしいけれど、あまり気が乗らない。しかし、彼が演じてきた役割というのは意外とアメリカに必要な人物で、それなりにアメリカの良心を背負ってきたからかもしれないから、彼が居ない今、トミー・リー・ジョーンズが同じような雰囲気で描いているのかもしれないのだ。この作品では主人公でありながら、個性が強い殺人者と逃亡者を打ち消さない状態で主人公の姿を描いているので、こういう役割の人物が本当に必要なのだと思ったのだ。
 もう一つ、この映画の演出にも気を引いた。恐ろしい殺人者は破壊力のある飛び道具を持って、恐ろしいまでに無差別攻撃を行っている。最初は、息絶え絶えに死ぬまで首を絞め続ける所を見せられた観客はその後頭に穴が空くところまで目撃する。本当に恐ろしい異常者の登場だ。それが一人減り、二人減りとしている間に、彼の殺害の最後まで見せずともどんなに恐ろしい殺人が行われたかが分かるようになり、最後の最後には靴の裏を気にすると言った仕草だけで、中でどんな殺人がなされたのかが観客に分かるのだ。また、執拗に追ってきて、怪我をしても自分で体を処理していく姿に、不死身なターミネーターのような恐ろしさを感じさせる。死んでも死なない異常者。それが今でも田舎町に彷徨っているという終わり方はそら恐ろしい気持ちにさせる。
 唯一の守り人である主人公の老保安官は馬鹿な若手をあまり相手せず、この異常者に相対すること無い人生を送ることを目指しながら、まだくすぶっている正義感が見え隠れさせているのは面白い対比だった。
 もう一人の重要な人物である追われる人も、巧妙な逃げようで、異常者の伝説を作らずにラストを迎えそうな動き方で、3人の動きが効果的に描かれていて、計算されすぎた面白い映画だと思う。

これまでの順位は、

ラスト、コーション
ノーカントリー
陰日向に咲く
バンテージ・ポイント
再会の街で
シルク

|

« Sweet Rain 死神の精度の舞台 | Main | ふぅ疲れた »

「映画」カテゴリの記事

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43685/40696698

Listed below are links to weblogs that reference ノーカントリー -殺害シーンはめちゃ恐ろしいけれど、だんだん怖くなくなるので、そういうのが苦手な人も大丈夫:

« Sweet Rain 死神の精度の舞台 | Main | ふぅ疲れた »