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November 06, 2008

子どもがいないからわからへんねん

 と、今日隣席のTYさんに言われました。
 教員をしているMNがよく親御さんに言われるセリフで、プロに何を言っているんだろう、それしか、闘える論理がないから最後の手段で言っているのなら、親のエゴで子供をしばるそんな言葉だと、思っていた。
 全く持って、自分勝手を自慢する隣席のTYさんが論破出来ずにか、それこそ何も理由が無く、それはイヤだという最終手段で放った言葉であった。やっぱり、このセリフは、私が推察する通りの言葉だったのか。TYさんは元々自分の論理に従って貰えないと、大きな声を出して、物を投げたり、威圧するような態度を取るような人物なので、このようなセリフを吐いても彼の持ち駒のすべてなのだから仕方がないと思う。
 よくそんな人と仕事をしているなぁと、お昼を一緒に食べるNTさんやAに言われるのだが、DV効果と同じで、善い時も半分有り、自分の至らなさを謝ってきたりし、二重人格だと自ら語るので、その時があるから我慢出来てしまったりするのである。まぁ、機嫌悪くなる時は、自分のしたことが間違っていてそれを人に突かれると、私に当たって来るという子供のような人なのだ。まぁ、それはいいといして。

 このセリフで大いにショックを受けるのは、子供が欲しい人だろうが、私にとってはどうでもいいセリフなのだが、それを聞いて思いだしたのは、橋下府知事が同じようなことを言っていたような気がしたことだ。
 橋下府知事が言ったかどうかは知らないのだけれど、彼なら言いそうな言葉だと思った。そう推察していくと、彼の言動も大きな言葉を並べ立てている、威圧で人と戦おうとしていると言うことなのかと、思ってしまう。光市母子殺人事件の彼の言動はやはり、朝日に叩かれてバッジを返したらと言われても仕方がない。まるで、大きなマスメディアの壁に隠れながら、石を投げているような感じだったのだろう。今の状態も、以前と変わらない体制だ。
 若くして、廻りに城壁を持たないまま戦場に繰り出していったのだから、その辺にある色んなものを投げまくっている姿も理解は出来る。だが、まるで、効果がない子供のおもちゃのような物をほり投げているのではないのかと思う言動を見ると、たかじんの委員会などで彼の発言を面白おかしく受け取っていた自分を恥じてしまう。
 一生懸命やっているから、若いから、これでいいんだということではないのだ。ちゃんとした物を相手に届くように投げないとと、反面教師として勉強になった。府知事は嫌いではない、どちらかというと興味を持つ。しかし、大きな舞台に立つための踏み台がまだ出来ていなかったんだろう。早すぎた出陣だ。すぐれた人材なので、勿体ないことを大阪はしたのかもしれない。いやいや、彼の今の出陣は成功だったのかも。

 さて、TYさんにこんな科白を言われた原因は、「ブタのいる教室」という映画の話である。
 みんなで食べますと飼い始めたブタに接していくと愛情が生まれる。ブタを食べるか食べないか、それは島国で農耕民族でぬくぬくと平和を軽んじてきた私達のすべてを表しているような気がする。
 彼はありえへんと言った。私はこの映画に大して賛否両論あることがよいことで面白いと言った。で、あのセリフである。もっと、残酷なシーンを見せたら、トラウマになるとか、動物虐待の引き金になるとか、いっぱい論破する内容を言って欲しい物だった。早い目に自分の懐刀を出してしまうと、なんだ親のエゴで子供を左右するのかと思ってしまう。私は、子供に有害図書等を触れさせたくないと思うが、生死についてはどんな物でも小学生から考えることが出来る思う。折角の機会を奪わないために、わざわざこの作品を映画化したのだ、いいか悪いかというだけの物で終わったら勿体ないように思う。
 って、私の考えがきっと少数意見なのかもしれない・・・。

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