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December 20, 2009

脳内ニューヨーク

 原題「Synecdoche,New York」このシネクドキの意味は提喩と訳すらしいが、馬鹿な私には余計に分からないので調べてみると、

提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
提喩(ていゆ)は、修辞技法のひとつで、シネクドキ(synecdoche)ともいう。隠喩の一種で、上位概念を下位概念で、または逆に下位概念を上位概念で言い換えることをいう。
例:
「日本のアインシュタイン」:「アインシュタイン」を「天才」という意味に用いている。
「手(人手)が足りない」:仕事をする「人」が足りないという意味。
「石」:文脈により、半導体素子や、宝石類などを指す。
「人はパンのみに生くるにあらず」:「パン」は「食べ物」、あるいは広く「物質的充足」の意味で用いられる。

 邦題は難しかっただろうなぁ。邦題の印象とは映画が違う。でも、どう訳したらいいのか、この映画なら大変だ。NYって、色々あるという堤喩なのかなとこの映画の印象。
 監督チャーリー・カウフマンは私の注目する脚本家。日本で公開されて作品は殆どと言っていいほど映画館に足を運んでいる。なぜそこまで引き寄せられるのか。組んだ監督の才能が大きいのでもあるが、兎に角人間パラダイスな世界を映画の中で繰り広げてくれるので、少々私の頭もおかしくなっていくようなのだが、一緒になって、彼のもつれた毛糸のような世界をほどきながら進んでいくのが好きとしか、いいようがない。
 不思議なことに、脚本家や映画関係者が主人公である場合、まるで彼本人を描いているように見てしまい、アダプテーションなんかは兄弟がいるとまで思い込んでしまったものだ。ものを作る人は苦悩がつきもの。その苦悩を作品化してしまう所がこの人ならではだ。

 映画は、多額の賞金を得ることが出来る才能ある舞台演出家だというのに、なぜか自分に自信が無く、自分の世界に閉じこもり、妻の価値観が彼の世界になった毎日を生きていて、何度も自分の世界だけを彷徨い、年をとって朽ち果てていく。終わらない舞台は、主人公と同じで同じ所で躓き、エンドレスとなる。今回も不思議な映画だった。人生の中で大事なことが、時を隔ててもいつまでも付いてくる。私には全く分からない世界なので、興味を惹かれるのかもしれない。苦悩が服着て歩いているような主人公といたら、いつまでも幸せにはなれないから、一番まともな人物は彼の最初の妻だったのだろう。主人公を愛するチケット売り場の女性が選んだ火事の家の比喩が全然分からない。私には難しい映画なのだろうが、とりあえず分かった気になるといういい映画でもあった。

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