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December 07, 2009

沈まぬ太陽

 3時間以上にわたる作品だが、その長さを感じさせない出来映え。原作を読んだことがない人でも、あの長い小説を堪能させてくれると思う。時間の切り取り方も、色んな役者の導入も、短時間にきめ細かく描かれている。そんな短い時間で全部を描いていないだろうけれど、この小説の凄さはこの映画を観ただけでよく分かる。
 主人公の渡辺謙は個性がはっきりしているために、どこに行っても渡辺謙になってしまうのだが、彼の敵役に逆の雰囲気を醸し出す三浦友和をもってきたのが妙で面白かった。どうしても悪者になりきれない中途半端な役柄を三浦友和らしく演じていた。どうしても渡辺謙のキャラクターが強すぎて、対比としては負けていたのが残念。
 とにかく、この映画の素晴らしさは脚本のまとめ方だ。最初に皆が感情移入しやすい御巣鷹山を持ってきて、何度も交差するその現場の声は全部その時の本当のエピソードだと言うことが余計にこの作品の重さと厚みを出していた。余計なものを入れずに、あの時に私達が聞き泣いた人々の感情や言葉をこの映像を見ながら何度も反芻し、咽び泣いた。加害者としてのJALよりも、これを踏まえて生きている私達国民の歴史を感じずにはいられなかった。
 沈まぬ太陽はモデルがいる。渡辺謙が演じた主人公恩地のように、労働組合の委員長がテヘランなどに飛ばされている。この話を会社が情報を流すわけわけがなく、本人側からの調査しかない分描き方は被害者サイドが大きく扱われているかもしれない。関係者の家族等のこともあるので、モデルの方が亡くなられていることも、映画化にたどり着いた要因かもしれない。敵役の行天のモデルはいない。話を面白くするために、線引き役が必要だったのだろう。一番気になるのは、不毛地帯の主人公でもある人物がここでも龍崎と名乗って出てくるのだが、この人物にもモデルがいて、原作者が好んで使っている人物で、中曽根首相のブレーンでロイヤルホテルの7階に個人事務所を持っている人物らしい。色んな事を叩かれているようだが、その人物も2年前に亡くなったことにより、不毛地帯やこの映画の映画化が出来たのかもしれない。昭和は遠くなっているのだ。色んな風評を書かれていても、今の時代ではない人物なのだ。
 この映画は、JALのナショナルフラッグとして税金を投げ込んで、他国の資本にならないようにするためのプロパガンダ的な要素も含まれているかもしれない。こんな時期に映画化はしてくれるなとJALの上層部や管轄省庁は思っただろうが、この映画を多くの日本国民が観て、事業仕分けの温情が出てくる可能性もあるではないか。
 沈まぬ太陽の題名も沈んでしまった日本をまだ落ちていないと昭和の人達を元気にする景気回復に繋がっているのかもしれない。

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