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December 26, 2010

バーレスク

 私、最近カラオケ頑張っているのです。と言っても、月に2回かぐらいだし、ひとからに行くほどではありません。カラオケ友達のMさんの喉の調子が悪くなり、1ヶ月以上カラオケに行かなかったのです。先日久し振りに行くと声が出なかった。やっぱり、歌っていないと声帯が固まってしまうなぁと思いました。同じように本調子ではないMさんが歌がうまいとは、やっぱり声量かなと聞いてきました。彼女の声は澄んでいて、声量のタイプではないので、声がきれいというのもうまいのひと区分ではないかと答えました。
 この映画を見に行って、やっぱり声量が一番かもしれないと思いました。最初から細い体から出てくるあの体の芯にまで到達する声、素晴らしかった。シェールの歌声も彼女共々歌っている人の声は私にとってそれほど好きな声ではないのですが、迫力により、圧倒的な存在感が私に突きつけてきて、私をみての中に引き込まれていきました。なんて素晴らしいうた、うた、うた。
 この映画、主人公の夢を叶える話だけではなく、色んな話を織り込んで、それが皆濃い過ぎないので、ストーリーが邪魔しない状態であの素晴らしいステージを見せてもらいました。
 ショーを観に行くつもりで映画を見に行ってください。とても、映画の代金では申し訳ない気がするほどになるでしょう。

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December 12, 2010

SPACE BATTLESHIP ヤマト

 ヤマトかぁ、何もかも懐かしい。
 映画を観ながら、アニメでの名台詞が使われていてさらばのヤマトとダブって涙が出てしまった。小学生の時に観たヤマトのアニメは年数をかけても鮮明に思い出せるぐらい、心の奥深くまで感動を与えていたのだ。
 オープニングのナレーションから懐かしい宮川さんの音楽が流れ、音楽が流れる間私は涙が出続けていた。

 どうも、この映画はヤマトファン用に作られたようだ。ヤマトのキャラクターに近い配役に特徴のある髪型も描かれていた。ヤマトやさらばのシーンが思い起こされて、アニメであてていた声優さんが再び私たちに命を吹き込んでくれた。肝心のヤマトの旅立つシーンは日本のSFX技術もここまできたのかと感動を覚えた。
 でも、アニメのヤマトをそのままするはずはないと思っていた。
 よく見たコクピットもなぜか未来的ではなく昭和のようであり、空間の狭さが余計に違和感を覚えた。アニメとは違うけれど、これでいいのか、もうちょっとなんとか、もうちょっとなんとかならないのかと何度も何度も思っていた。

 なんとまぁ、突っ込みどころ満載の映画にできあがったのだろう。ラストのまとめ方をするために、このようなストーリー展開にするのかぁとかで、各シーンのいいとこ取りで、満載のエピソードをただ繫いでいったという感が否めない。

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December 11, 2010

森崎書店の日々

最近、映画を見に行くことが億劫になってきている。今年の映画館でも観た本数は今日行くのを加えると63本しかない。是非観に行きたかった「ノーウェア・ボーイ」も行けなかったのだ。そんなこんなで、とりあえず震災の映画は観ておかないとと足を運んでついでに観に来た映画である。

 本屋さんの話は好きだ。とりわけ、古本屋になると地域性や店主の好みまで出てきて、人んちの本箱を覗いているようで好きである。だから、世界有数の古書街である神田は聖地とも言える。ブックオフのような古書に愛のない店員が多そうな店と違って、本に対していっぱい愛があふれている。昭和な古本店を未だに愛している。愛している規模ははっきり言って古本屋ファンの領域を超えている。子供の頃から愛用していた古本屋さんが店をたたむと私に告げたときに、20歳そこそこの私が「私が継ぎます」などと大それたことを発してしまったほどに愛があるのだ。当然、古書店主は「儲からないからやめるんやから、こんな仕事したらあかん」と返されてしまった。
 古本屋さんに愛、いつか古本屋さんになる。儲けなければ生活出来ないけど、通りがかったらいつも寄ってしまう、何かないかなぁと思わせる古本屋さんになりたい。

 そういう熱い思いで映画を観た。本とは全く関係ない女の子が神田の町で生活する。本がある世界、喫茶店ではみな本を読んでいる。ただ、それだけの世界なのに、なぜか癒される。本を読む空間は、無音だ。色んな音がこの映画を観ながらどんどんいとおしくなってきた。不思議なものである。自分は今までこんなに本をめくる音が好きだったのだと気づく。古書店で色んな本を探す姿も自分の中にある。本屋は新しい世界の扉だったなぁと気づく。
主人公の素朴な姿がなんだか癒しの時間を与えてくれた。私の大事な古本屋さんたちにいかなきゃ。

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December 04, 2010

告白

だいぶん前に書いたまま公開していませんでした。

 神戸のレディースデーは火曜日。本日火曜日に映画館で告白を観に行った。CMの効果もあるだろうが中島哲也作品の期待感で観客がいっぱいだった。 映画の前に知り得た情報は、原作がありその原作は本屋大賞を取るほどの作品だと言うこと、そして告白する内の一人教師の娘が、担任していたクラスの生徒に殺されたこと。重苦しく感じる作品ではあるが、この監督の作品は絶対観に行きたいと思わせる魅力があるので観に行ってきた。
 感想は、彼の今までの作品は越えなかったし、めちゃくちゃよかったという感動もなかったが、よい作品だった。

 映画の中で14歳の中学生達が思い思いに言いたいことを喋っている。でも、それは本当ではなくて、色んな法則の中でそこに居ることが出来るように立ち振る舞っている。教室の中では嘘の世界が繰り返される。その嘘だったり適当に言っていたりする何気ない日常の言葉言葉が、色んな人達の日常に影響力を与え、この映画での複線のように繋がっているが、本来はそれが日常だと気付く。見終わったときに観客もあの中学生と一緒のただの自分以外の人たちだということが、鏡を写すように感じとれた。
 生きている以上、誰かに影響を与えて与えられているところがある。ただの時間を共有する人だった人から、その人の言動で感情が揺すぶられる。そういった日常を丁寧に描き、彼らの行動は突拍子のない出来事ではなく、それぞれがつながっていく。
 14才という年齢がもたらしている影響力が大きい。何をしても咎められないぎりぎりの年齢というのが、考え方に抑制や拍車を掛けている人もいるだろう。

 というところまで書いて、放置していました。

 先日会社の人に原作本を借りて読みました。小説の世界は映画の通りという描き方も変ですが、原作の通りに映像が作られてそのまま松たか子さんが告白を始めるようでした。殆ど同じだと言えますが、映画の方は残虐なところを色鮮やかに、大事に描いているようでした。映画の中で今でもインパクトがある冷蔵庫の中のミヅホは小説では具体的に書かれていませんでした。映画であれほど感じた本当か嘘なのかは、本当なんだと告白をすべて信じてしまう。これは小説だからとも思う。映画の画面からの距離感と小説の紙面との距離といいますか。
 映画で観ていたときには思わなかった。のめり込みが小説の中ではかなりあった。この中の色んな登場人物に自分は誰に近いかと思わず投影してしまう。この中で私はミヅホと渡辺の中に自分を見いだしました。

 原作本を読むということをあまりしなかったのですが、おもしろいものですね。ノルウェイの森を読むことにしました。

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