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February 17, 2011

チョコレート

 今年のバレンタインは、
 IVANのチョコレート6個入りと、Sadaharu Aokiのチョコレートとチョコレートの炭酸水をもらった。
IVANやSadaharu Aokiで、6千円ほど、何を返せばいい????

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February 10, 2011

冷たい熱帯魚

 愛のむきだし以来の園子温監督のファンである。予告編には「愛のむき出し」を超えたと出ていて、どんな作品か楽しみに観に行ってきた。かなり話題になっているようで、観客は多かった。
 なぜか、彼の作品を見ていたら、映画の内容は全然違うのに、私の好きなキム・ギドク監督を思い出すので、気になって検索したら、この方も射手座の男だった。

 この映画は、1990年代にあった埼玉愛犬家連続殺人事件をモチーフに据えているようだ。透明にすることやペットショップを熱帯魚店に替えているところも、主犯格が50代の男性で妻も同じように殺害に荷担していることも同じだ。

 この映画の中で主人公は、妻と娘の間に入って、悪い奴の言うとおり、相手の言動に任せた。これは、主人公は私たち側で、まるで主人公と一緒になって、悪い奴に怒られている。悪い奴の生き方がまとものように見えてくる。すごくメッセージ性が高く、私がアイダホバーガーを食べながら、映画が見られるほど、気持ち悪さに勝っていた。なんで、あんなに殺害しているシーンがいっぱいのエログロ映画なのに、気持ち悪くないのだろう。と思っていたら、映画の中身が面白すぎるから、若しくは私がグロイ映画に耐性が出来たかだ。後者はまだ無理、気持ち悪いのは怖いし、嫌だ。主人公の開き直って怖がってみせる事なんて、私には到底出来ないことだろう。
 愛のむきだしの如く、観客は園子温ワールドに連れて行かれて、一気にその現場に立たされるのだ。
 生憎私が入り込むことが出来る人がいなかったので、蚊帳の外で観ていたのだが、どっちかというと悪い奴側にいるのではないかと、錯覚してしまう。
 この映画を観ていたら、犯罪者の方がまっとうに生きている。自分を忘れた人たちに問う映画だったのだろう。

 今の時代の人たちは本当に今を生きていないと思う。まるで、流されているのが楽だと言わんばかりに覇気がない。役割を与えてもらったり、誰かがやってくれたり我慢してくれたりの時間薬を鯨飲していちゃだめだよと、この映画でいっぱい言われていますね。

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February 06, 2011

玄牝

『谷神不死。是謂玄牝』――谷神(こくしん)は死せず。これを玄牝という。
タイトルの「玄牝」とは、老子の『道徳経』第6章にあることば。大河の源流にある谷神は、とめどなく生命を生み出しながらも絶えることはない。谷神同様、女性(器)もまた、万物を生み出す源であり、その働きは尽きることがない。
老子はこれを玄牝――“神秘なる母性”と呼んでいる。
玄牝HPより

 一般的な女性と私の遺伝子を比べて私にかけているものがあるなら、それが「母性」だと思う。大きくなっていく際に女性の友人たちと大きく違っていることだった。女性というものは、たとえ好きな人がいなくても、結婚をしていなくても子供がほしいと考える人が殆どなのである。最終的に好きな人の子供だから子供がほしいのではなく、女性たちが子供がほしいのである。

 赤ちゃんが生まれる
 他の言葉なら説明が必要かもしれない。男が歩いている、、20代の男性が急ぎながら歩いている、20代の男性が駅に向かって雑踏の中を急ぎながら歩いているという感じで、説明を与えると具体的な風景が見えてくるのに、『赤ちゃんが生まれる』の状況には何も説明がいらない。そんな感じの映像をこの映画では描いている。
 岡崎市にある自然分娩に努めている産婦人科に集まってくる人たち。その人たちの顔には、妊娠による疲れやストレスが全く感じられず、豪快に薪を割る姿はまるで原始のお母さんを思い浮かぶ。
 そこに生みに来るお母さんの何人かを捉えた映像が画面に映し出されるのだが、まるで他人ではなく、その人の親族のようになって、その瞬間に対峙出来る。撮影者の心がそのまま表れているようだ。
 本当の姿がここにある。生まれたての子供をすぐにお腹の上に置く。まだ、出たばかり、へその緒も繫がっている状態で、その時にお互いの素肌で感じ取る。お母さんの「温かい、温かい」という声、嬉しい、幸せ、涙。生まれてすぐに赤ちゃんの産声のようにわき出す感情・感動。おめでとう、おめでとう。観客は出産に対峙しながら、その感動を頂いていた。私は子供を産みたいとは思わないが、産むことになるなら、こんな出産がいい。
 出産ビジネスは、違うところに進んでいる。お金をかけなくても普通に出てくるあかちゃんに予定日だからと呼び出したりするのが一般的になっていると聞く。それもリスクが伴う医学の方向性なのだろうが、すべての母親は選択出来る賢い母親にならないといけないのだなと思った。

 神戸初日に、河瀬直美監督の挨拶があった。彼女が言っていたことばそのまま映画だけで受けとめられたよと言ってあげたいと思った。「本当の、本物の、」と何度も言われていましたが、それは思い切り映像で受けとめました。

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February 02, 2011

デザートフラワー

 モデルのワリス・デイリーの自伝を映画化した作品。アフリカの角ソマリアで生まれ、13歳の時に無理矢理結婚されそうになったのを都会に逃げて、母の妹を通してイギリスへ。マクドナルドで働いている所を有名なフォト・グラファーに認められて、モデルとして生きていくことに。その成功の半生を描きたかったわけではなく、彼女は未だにアフリカで行われている女性の割礼を取り上げたくて、自伝を書いたようだ。
 この作品の脚本・監督も女性なので、描きたい部分は一致して表現力を増して訴えかけていた。
 昔から女性の割礼もしくは女性器切除は行われており、人口増加に伴って、切除も増える一方である。国連がワリスを大使に任命し、世界的な活動として排除を行っているが、男性の反対にあい、法制化にはこぎ着けていない。女性の割礼が無くなった村を取り上げたりしてキャンペーンは行われているが、この映画の中でワリスがアフリカ人男性に言われているように、割礼をしないことは悪いことのように言われて女性たちが割礼をするように押さえつけている。
 割礼と書くと男性の割礼のように一部の切除ぐらいでたいしたことがないように思われそうだが、女性の場合は完全な切除と無理な縫合で手術の際に亡くなってしまう人が多い悪習だ。
 このような事が未だに行われているということを多くの人に知らせる意味として、とても良い作品だと思う。

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最後の忠臣蔵

 先日時代劇チャンネルの舞台最後の忠臣蔵を見ると、主人公は寺坂吉右衛門のその後が中心で、その中の話として瀬尾孫左衛門の話が出てくる。NHK時代劇でも放映されていたようだ。その時は前者が上川隆也、後者が香川照之が演じている。
 実際の二人の後日談ははっきりとは分かっていない。原作者池宮彰一郎のオリジナルストーリーだ。
 この作品の制作総指揮は外国人だ。瀬尾を主人公にした作品に仕上げたのも、いかにも外国人らしい。

 上位の事は何も知らないときに映画に行った。日本人の誇りのような忠義の物語忠臣蔵に、逐電した者達にもたくさんの物語があるという。残った者達を描いた作品だ。討ち入りから16年後、17回忌法要の為に京都に来ていた寺坂が、瀬尾を見かける所から話が始まる。
 朴訥な主人公の亡き主人に為にその娘に仕える姿が日本人の大好きな忠義をうまく現わしていて人物像として素晴らしい。また、ラストの話しも日本人じゃなくても涙なくして見られない話で、嫁入りという美しい映像美と共に心の奥深くまで感動を起こさせた。
 配役として、役所、佐藤両氏どちらがなってもいいような感じだが、二人のセットは重厚すぎたのではないかと思う。今年初っぱなからいい作品が見られて嬉しい。

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