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February 06, 2011

玄牝

『谷神不死。是謂玄牝』――谷神(こくしん)は死せず。これを玄牝という。
タイトルの「玄牝」とは、老子の『道徳経』第6章にあることば。大河の源流にある谷神は、とめどなく生命を生み出しながらも絶えることはない。谷神同様、女性(器)もまた、万物を生み出す源であり、その働きは尽きることがない。
老子はこれを玄牝――“神秘なる母性”と呼んでいる。
玄牝HPより

 一般的な女性と私の遺伝子を比べて私にかけているものがあるなら、それが「母性」だと思う。大きくなっていく際に女性の友人たちと大きく違っていることだった。女性というものは、たとえ好きな人がいなくても、結婚をしていなくても子供がほしいと考える人が殆どなのである。最終的に好きな人の子供だから子供がほしいのではなく、女性たちが子供がほしいのである。

 赤ちゃんが生まれる
 他の言葉なら説明が必要かもしれない。男が歩いている、、20代の男性が急ぎながら歩いている、20代の男性が駅に向かって雑踏の中を急ぎながら歩いているという感じで、説明を与えると具体的な風景が見えてくるのに、『赤ちゃんが生まれる』の状況には何も説明がいらない。そんな感じの映像をこの映画では描いている。
 岡崎市にある自然分娩に努めている産婦人科に集まってくる人たち。その人たちの顔には、妊娠による疲れやストレスが全く感じられず、豪快に薪を割る姿はまるで原始のお母さんを思い浮かぶ。
 そこに生みに来るお母さんの何人かを捉えた映像が画面に映し出されるのだが、まるで他人ではなく、その人の親族のようになって、その瞬間に対峙出来る。撮影者の心がそのまま表れているようだ。
 本当の姿がここにある。生まれたての子供をすぐにお腹の上に置く。まだ、出たばかり、へその緒も繫がっている状態で、その時にお互いの素肌で感じ取る。お母さんの「温かい、温かい」という声、嬉しい、幸せ、涙。生まれてすぐに赤ちゃんの産声のようにわき出す感情・感動。おめでとう、おめでとう。観客は出産に対峙しながら、その感動を頂いていた。私は子供を産みたいとは思わないが、産むことになるなら、こんな出産がいい。
 出産ビジネスは、違うところに進んでいる。お金をかけなくても普通に出てくるあかちゃんに予定日だからと呼び出したりするのが一般的になっていると聞く。それもリスクが伴う医学の方向性なのだろうが、すべての母親は選択出来る賢い母親にならないといけないのだなと思った。

 神戸初日に、河瀬直美監督の挨拶があった。彼女が言っていたことばそのまま映画だけで受けとめられたよと言ってあげたいと思った。「本当の、本物の、」と何度も言われていましたが、それは思い切り映像で受けとめました。

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